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お金があることが幸せなのか

 最近ふと実感したことのひとつです。お金があることはないことに比べて勝っていることなのか。少し前まで私は、お金なんてあって困るもんじゃないし邪魔にもならないし、あればあった方がいいけど、なければないでお金の有無が根本的な幸せには結びつかないと思っていました。でも貧困のせいで心まで貧しくなってしまったら、それはやはりお金がある方がいいのかな、とも…。
 でもそれって、今の日本社会の金銭第一主義に毒された考え方なんだなってふと思いました。あるドラマを観ていた時にふと。
 私の実家は中流家庭より少し下くらいの世帯年収でしたが、私と兄の年がかなり離れていることや、祖父が買った持ち家があること、親戚にお金を快く貸してくれる人がいたりして私も兄も教育や物にはほとんど不自由なく育ちました。兄がどうだかは分かりませんが、私は勉学においてあまり崖っぷちに立たされたことがありません。この試験に落ちたらお金もないし働くしかない、みたいな。死に物狂いで勉学に打ち込んだり、ただ上だけを見て邁進した記憶はありません。それは私には後ろ盾があったから。住む家もあったし親は言えば援助してくれたし兄も働いているし。
 思えばフランスにきてからもそうなのでした。私は何がなんでも死に物狂いで勉強をしませんでした。恵まれた環境があるのに、帰国したら結婚するという道が決まっていて、それがあるから安心していられたのでした。もうあくせく働かなくてもいい、私は自分で道を切り開くことを忘れていたのです。
 たとえば実家にお金がなくて奨学金なしでは学校に通えない家庭環境の子がいて、もし進学したいとなったらきっと死に物狂いで勉強するでしょう。後がないからです。妹や弟がいたらなおさら、負担をかけないように少しでもいい成績を取ってお金を浮かせようとするでしょう。それを負担ととらえるか、上にいくためのチャンスととらえるかは本人次第ですが、私はそういう経験は人生において大きな、それでいて誰にでも与えられるわけではないアドバンテージになると思います。
 それをアドバンテージととらえず負担と思った時、お金がないことによる卑屈な心が生まれ、心の貧しさにつながるんではないか…つまり貧困はひとつのきっかけにしか過ぎないのではないかと思います。
 お金はないよりあった方がいいに決まっている、というのは日本では常識のようになっていると(私は)思っています。日本ではみんな勤勉に働き、その報酬として受け取る金銭は何よりも尊いという考え方がメジャーです。人の汗と水と涙の結晶のようなものです。でも私は、お金は報酬のひとつに過ぎないのではないかと思います。今現在働いていない私がこんなこと考えるのは何ですが、仕事において得られる信頼や経験や学び、知識、労働後のおいしいお酒、お金はそれに勝るものでしょうか?
 フランスに来て驚いたことのひとつが、路上で物乞いをする人が多いこと。みんながみんなホームレスではなく、家がある人もいます。フランスでは失業率が1割あるので若い人たちも物乞いをしていますが、フランス人は日本人よりもそんな人たちにお金を恵んであげています。食べ物をあげている人も見たことがあります。路上コインパーキングの精算機はコインしか受け付けないので、コインを持っていない人が通行人にコインを求める風景もよく見ます。レストランでは現金払いをする人が少ないので小銭がレジにあまりなく、おつりがないと言うと「じゃあ要らないよ」と言う人ばかりです。お金に頓着しないんだな…とよく思います。店ではお金を払う客も従業員も同じ立場です。決してお金を払う人が偉いという構図は成り立ちません。
 色々書いたけど何が言いたいかというと、お金がない方がいい人生も存在するなってことです。お金があっても不幸な人はいるし、幸福な人もいる、逆もしかり。お金があれば幸せだったのに…貧乏さえなければ…って状況は、きっとたくさんあるんだろうけど(例えば病気の治療のためにお金が要るとか)お金は要素のひとつに過ぎないですよね。貧乏で不幸な人は、お金があっても不幸なんではないんでしょうか。豊かな国に生まれたからそれが分からなくなってきています。